初退院して、1ヶ月もするとほとんど松葉杖がいらないって位、歩けるようになってきた。
自分ちでは、杖なし。外を歩くとき片方だけ使うって感じで。
そうなると、もう遊びに行きたくってしょうがない。
週末は友達呼んで、ショッピングに行ったり、外食に行ったり、さらに夜遊び? お酒飲んだりじゃないけど、普通にドライブして、ラーメン食ったり。
元々夜行性だったので、特に夜になると遊び行きたくって、うずくんだ。
そんなことを繰り返した、ある日曜日の晩。
”足が痛い”
いつも動きすぎると手術跡がすごく痛んだので、いつものようにアイスノンで冷やした。
・・・でも、全然痛みが収まらないし、痛くて痛くてじっとしてられない。
痛み止めの薬はもう無いし、痛みはどんどん増すばかりで、さらに体がすごく熱い。
熱を測ると、38.5℃。
病院からは38℃出たら、来るようにって言われてたんだ。
でも、すぐ治ると思い、とりあえず頭にもアイスノンを敷いて寝た。
・・・だけど、痛くて熱くて、全然眠れない。
”なんとか、朝まで我慢して病院までタクシーで行こう。”
って、耐えてたけどもう限界。
少しでも動こうとすると、激痛が走って、全く動けない状態。
携帯で時間を見ると、”AM4:00”
”こんな時間に来てくれる人なんていないよな。”
って思いながらも、救急車を呼ぶ勇気もなく、ダメ元で同じマンションに住む知合いに電話していた。
すると、ありがたいことに電話に出てくれた(*´Д`)=3ホッ
たまたま、起きてたらしい☆
なんとか部屋まで来てもらい、たまたま部屋の鍵を開けておいたおかげで、入ってきてもらい、痛みにうなりながらも知合いの肩を借りて下まで降りた。
足を引きずりながらしか移動が出来なくて、エレベーターがあるけど下に降りるにも30分近く掛かった。
近所の市民病院に電話し、これから行くことを伝えて行ったものの、
”特別な病気だから”
って、なかなか受け付けてくれない。
50代っぽい、白髪の看護士は、
「担当の病院に行ってもらえませんか?」
の一点張り。
病院について車椅子に座ってた俺は、激痛にうなって、動くこともできず、
「なんとか痛み止めだけでも打ってもらえませんか?」
ってお願いするしかなく;;(≧ω≦;)イタイヨ・・・
・・・・・そんなやりとりが、20分位して、どうにか、痛み止めは打ってもらえることになった。
痛み止めを打っても、ほんのちょっとしか良くならなくて、朝、大急ぎで担当の病院へと向かった。
向かう途中の車の中では、段差があるたびに激痛が走り、事故に巻き込まれないように祈ってた。
病院に着くと、すぐに診察室に呼ばれて、
主治医
「手術したところが感染しています!再手術の可能性もあるので、即入院して下さい!」
結果、手術部が感染していることが分かり、即入院。
ベッドに入ると、すぐに点滴を打たれて、先生が来て、患部に注射した。
感染部の膿を抜き取るためだ。
患部にぶっとい針を刺して、チューブを繋いで、注射で抜き取る。
すると、まっ黄色いドロドロした液体が出てくる。それもどんどんどんどん出る。
”・・・いつまで出るんだろう”
結局、500mlもの膿が溜まってて、それを検査に回すこととなった。
それが終わると先生から説明があった。
主治医
「感染してますから、少し様子を見ますが、最悪人工関節を一旦取り出さなければなりません。」
俺「えっ。どうゆうことですか?」
主治医
「入った菌の種類によっては再手術です。」
俺「再手術になると、どうなるんですか!?」
主治医
「再手術となる場合は、人工関節を一旦取り出して、代わりのものを入れるから、2、3ヶ月は寝たきりになってしましますよ。」
ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!
この時のショックは、俺がこの病気になって一番のショックだった。
”またあの苦しみを味合わなきゃいけないのか。それもまた寝たきりかよ。”
って。
検査結果が出るまでは、とりあえずの抗生物質を朝と夕に点滴していたが、効いているのか、いないのか?
だって点滴して5時間位経つとまた熱が出る。それも39.8℃とか40.3℃とか。
高熱が出るときって、悪寒がものすごい。
ブルブルと震えが止まらなくて、普段は1枚しか掛けてない掛け布団を3枚も掛けても、寒い。
で、上がりきると今度は熱くて熱くて、フラついて歩くこともできず、しばらくはベットから出ることすら出来なかった。
・・・・・そんな日が3日続いて、検査結果が出た。
結果は、再手術はとりあえず無し☆
(´`)=3 ホッ
ヽ( ´¬`)ノ ワ〜イ ヤッタネ♪
点滴を適合する抗生物質に変えると、1週間程で復活。
ただ、足の痛みは徐々にしか良くならなくて、当分はまた松葉杖生活になった。
自分の体に人工関節が入ってることを自覚させられた出来事だった。
それに術後そんなに経ってないし、無理しちゃダメだよね。
それに人工関節って結構もろくて、負荷を与えすぎると割れたり、曲がったりするらしい。
”やっぱ作りもんなんだな”
俺は、作りもんの方が丈夫だとばっかり思ってた。
この入院期間は、ベットの上でそんなことを考え、反省?した。
これからずっと自分の体の一部として付き合っていかなきゃいないんだから、大事にしなきゃなって思った。
それに、足が無い人だって、いっぱいいるし。
俺には両足があるだけでも、まだまだ幸せだよな☆
自分ちでは、杖なし。外を歩くとき片方だけ使うって感じで。
そうなると、もう遊びに行きたくってしょうがない。
週末は友達呼んで、ショッピングに行ったり、外食に行ったり、さらに夜遊び? お酒飲んだりじゃないけど、普通にドライブして、ラーメン食ったり。
元々夜行性だったので、特に夜になると遊び行きたくって、うずくんだ。
そんなことを繰り返した、ある日曜日の晩。
”足が痛い”
いつも動きすぎると手術跡がすごく痛んだので、いつものようにアイスノンで冷やした。
・・・でも、全然痛みが収まらないし、痛くて痛くてじっとしてられない。
痛み止めの薬はもう無いし、痛みはどんどん増すばかりで、さらに体がすごく熱い。
熱を測ると、38.5℃。
病院からは38℃出たら、来るようにって言われてたんだ。
でも、すぐ治ると思い、とりあえず頭にもアイスノンを敷いて寝た。
・・・だけど、痛くて熱くて、全然眠れない。
”なんとか、朝まで我慢して病院までタクシーで行こう。”
って、耐えてたけどもう限界。
少しでも動こうとすると、激痛が走って、全く動けない状態。
携帯で時間を見ると、”AM4:00”
”こんな時間に来てくれる人なんていないよな。”
って思いながらも、救急車を呼ぶ勇気もなく、ダメ元で同じマンションに住む知合いに電話していた。
すると、ありがたいことに電話に出てくれた(*´Д`)=3ホッ
たまたま、起きてたらしい☆
なんとか部屋まで来てもらい、たまたま部屋の鍵を開けておいたおかげで、入ってきてもらい、痛みにうなりながらも知合いの肩を借りて下まで降りた。
足を引きずりながらしか移動が出来なくて、エレベーターがあるけど下に降りるにも30分近く掛かった。
近所の市民病院に電話し、これから行くことを伝えて行ったものの、
”特別な病気だから”
って、なかなか受け付けてくれない。
50代っぽい、白髪の看護士は、
「担当の病院に行ってもらえませんか?」
の一点張り。
病院について車椅子に座ってた俺は、激痛にうなって、動くこともできず、
「なんとか痛み止めだけでも打ってもらえませんか?」
ってお願いするしかなく;;(≧ω≦;)イタイヨ・・・
・・・・・そんなやりとりが、20分位して、どうにか、痛み止めは打ってもらえることになった。
痛み止めを打っても、ほんのちょっとしか良くならなくて、朝、大急ぎで担当の病院へと向かった。
向かう途中の車の中では、段差があるたびに激痛が走り、事故に巻き込まれないように祈ってた。
病院に着くと、すぐに診察室に呼ばれて、
主治医
「手術したところが感染しています!再手術の可能性もあるので、即入院して下さい!」
結果、手術部が感染していることが分かり、即入院。
ベッドに入ると、すぐに点滴を打たれて、先生が来て、患部に注射した。
感染部の膿を抜き取るためだ。
患部にぶっとい針を刺して、チューブを繋いで、注射で抜き取る。
すると、まっ黄色いドロドロした液体が出てくる。それもどんどんどんどん出る。
”・・・いつまで出るんだろう”
結局、500mlもの膿が溜まってて、それを検査に回すこととなった。
それが終わると先生から説明があった。
主治医
「感染してますから、少し様子を見ますが、最悪人工関節を一旦取り出さなければなりません。」
俺「えっ。どうゆうことですか?」
主治医
「入った菌の種類によっては再手術です。」
俺「再手術になると、どうなるんですか!?」
主治医
「再手術となる場合は、人工関節を一旦取り出して、代わりのものを入れるから、2、3ヶ月は寝たきりになってしましますよ。」
ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!
この時のショックは、俺がこの病気になって一番のショックだった。
”またあの苦しみを味合わなきゃいけないのか。それもまた寝たきりかよ。”
って。
検査結果が出るまでは、とりあえずの抗生物質を朝と夕に点滴していたが、効いているのか、いないのか?
だって点滴して5時間位経つとまた熱が出る。それも39.8℃とか40.3℃とか。
高熱が出るときって、悪寒がものすごい。
ブルブルと震えが止まらなくて、普段は1枚しか掛けてない掛け布団を3枚も掛けても、寒い。
で、上がりきると今度は熱くて熱くて、フラついて歩くこともできず、しばらくはベットから出ることすら出来なかった。
・・・・・そんな日が3日続いて、検査結果が出た。
結果は、再手術はとりあえず無し☆
(´`)=3 ホッ
ヽ( ´¬`)ノ ワ〜イ ヤッタネ♪
点滴を適合する抗生物質に変えると、1週間程で復活。
ただ、足の痛みは徐々にしか良くならなくて、当分はまた松葉杖生活になった。
自分の体に人工関節が入ってることを自覚させられた出来事だった。
それに術後そんなに経ってないし、無理しちゃダメだよね。
それに人工関節って結構もろくて、負荷を与えすぎると割れたり、曲がったりするらしい。
”やっぱ作りもんなんだな”
俺は、作りもんの方が丈夫だとばっかり思ってた。
この入院期間は、ベットの上でそんなことを考え、反省?した。
これからずっと自分の体の一部として付き合っていかなきゃいないんだから、大事にしなきゃなって思った。
それに、足が無い人だって、いっぱいいるし。
俺には両足があるだけでも、まだまだ幸せだよな☆
この記事へのコメント
ガンの食養生のサイトです。ガンは食源病ですので幾らかご参考に
http://hazakura.jp/
http://hazakura.jp/
>鳥さん、こんにちは。
コメントありがとうございました。
僕の肉腫の場合は原因不明と言われているようなのです。
だからと言って少しも関係が無いわけではないと思いますので、是非とも参考にさせて頂きたいです。
コメントありがとうございました。
僕の肉腫の場合は原因不明と言われているようなのです。
だからと言って少しも関係が無いわけではないと思いますので、是非とも参考にさせて頂きたいです。
始めまして、僕も癌に関してはとても興味あります。父親も癌で他界しました。また覗かせていただきます。有難うご御座います。
>チャーガ(カバノアナタケ)の効果って?さん、ありがとうございます。
是非是非、宜しくお願いします(^^)/
是非是非、宜しくお願いします(^^)/
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